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松本簡易裁判所 昭和33年(ろ)70号 判決

被告人 丸山満彦

主文

被告人を科料金五百円に処する。

右科料を完納することができないときは金百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は自動車の運転者であるが、昭和三十三年四月六日午後五時五十分頃、徳島県美馬郡脇町大字脇町地籍道路において、自動車の運転者は運転中は運転免許証を携帯すべき義務あるに拘らず、不注意にもこれを怠り自己が運転免許証を落したのに気付かず、右免許証を携帯しないで小型自動四輪車長四す―四二九二号を運転したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の所為は道路交通取締法第九条第三項第二十九条第一号に該当するところ、所定刑中科料刑を選択し、その額の範囲内で被告人を科料金五百円に処し、刑法第十八条により右科料を完納することができないときは金百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。尚本件過失犯の成否につき按ずるに、凡そ刑罰法規においては故意犯が処罰の対象となるのが原則(刑法第三十八条第一項)であつて過失犯を処罰する場合は例外であり、直接明文が存するか又は直接明文がなくとも当該法規の全趣旨から過失犯を処罰する律意が明瞭に認められる場合でなければならない。又これを認める場合も罪刑法定主義の原則より極めて慎重に検討し単に行政的取締の徹底を期する上に必要であるというような理由から安易にこれを結論すべきではない。然しながら又反面罪刑法定主義の固陋な解釈論により法の運用を誤つてはならない。要は当該法規の全趣旨から積極的な解釈上の根拠があるならば明文なき場合においても過失犯の成立が可能な場合は絶無ではない。(飲食物用器具取締規則違反被告事件大正二年十一月五日大審院判決、新聞紙法違反被告事件大正十一年六月二十四日大審院判決、要塞地帯法違反被告事件昭和十二年三月三十一日大審院判決、外国人登録令違反被告事件昭和二十八年三月五日最高裁判所判決参照)道路交通取締法第九条第三項に自動車の運転者は運転中運転免許証を携帯しなければならないとの規定は交通取締官が何時如何なる場所においても運転中の自動車の検問をなし、運転免許証の呈示を求めても、その運転者をしてその場で直ちにこれを呈示させ、その運転者が公安委員会の運転免許を受けた正規の自動車運転者であることを確認することができるようにして、無免許者による危険な運転を防止し、もつて交通の安全を企図する道路交通取締の必要に基くものであり、携帯義務は本人の注意力を以てすれば容易に守ることができ而も自動車の運転中に限ること、又故意に運転免許証を携帯しない運転者は特殊の場合以外殆んど考えられず、違反者に対する制裁には科料の規定が定められている点等を綜合して考察するとき、元来この不携帯罪は道路交通の安全を期する上から、主して過失により運転免許証を携帯しない者を取締る目的より規定されたものと見るべきであり、諸車増加交通の発達と相俟つて激増しつつある交通事故を未然に防止せんとする道路交通取締法の精神に鑑みるときは、本件過失犯を処罰するは正に積極的な解釈上の根拠ある場合に該当すると解するを相当とする。よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 神崎敬直)

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